『ライフエクスペリエンス』 第9話
4月に入り、花見の季節になった。
今年は、4月初旬に桜が満開を迎え、
今日、4月20日は、どこの桜も花と新芽が半分ずつ咲いていた。
4月に入ってからも寒くてコートが必要な日があったが、
4月も中旬を過ぎるとさすがにコートは必要なかった。
外は街のいたるところに春の香りが漂い、
新入社員らしき20代前半であろうスーツを着た人たちが多く歩いていた。
今日、僕はある一つのことを確かめるために代々木公園に来ていた。
ある一つのこととは、僕が約1年前から見るようになった「夢」。
ライフエクスペリエンスのことだ。
一昨日、久しぶりに夢を見た。
夢に出てきたのは、Kツカ。昔からの大親友だ。
とても一途なやつで、大学生の頃に初めて彼女ができ、今でもその子と付き合っているらしい。
その彼女は音楽をこよなく愛し、その影響でKツカは、なぜか芸術に目覚め、趣味で絵を書き出した。
僕も見たことがある。下手だがどこか人の心に訴えかける絵だった。
そのKツカが、「久しぶりに飲もう!」と僕に電話をかけてきた。
それが、代々木公園で花見をしながら自分の絵を見せ、ついでにその花見の風景を描く。
ざっくり言うとそんな夢だった。
そして昨日。Kツカから「久しぶりに飲もう!」と電話がかかってきた。
正直に言って動揺した。
しかし、「夢」を確かめられずにいられるわけもなく、今日の花見に参加することになったのだ。
Kツカについて少し話しておこうと思う。
Kツカは一時期、絵にどっぷりと浸かった生活を送っていた。
まるで、村上春樹の書いた「騎士団長殺し(**)」の主人公のように
周囲には誰もいない孤立した山の戸建てを借り、約1ヶ月もの間、絵だけをひたすら描き続けた。
何をそんなに描いていたのか。
何をそんなに悩んでいたのかは僕も知らないところだが、
久しぶりに会った時には、左こめかみ辺りに10円ハゲができていて、本当に心配したほどだった。
本人もこれではいけないと思ったのか、絵にどっぷり浸かる生活をやめることにしたらしい。
彼は、それから人が楽しんでいる風景を描くようになった。
今日の花見の風景もそういう絵になるのだろう。
代々木公園につき、公園内を歩いていると、「おーい!金ちゃん!」と呼ばれた。
Kツカがこっちを向いて手を振っている。
花見の準備はすでにできているらしく、ブルーシートの上には既にパスタや焼き鳥、
ビールや日本酒がならび、Kツカの他にも松本と2人の男、3人の女性がいた。
「わり!少し遅くなった」。既にこのシーンは、夢で見ている。
そして、僕がこの言葉を言うとすぐに・・・
「遅くなったー!!ごめんごめん!」。 こはぎだ。
「なんだ?こはぎも呼ばれていたのか?」。 あたかも何も知らないかのように言う。
「驚いた?嬉しい?」。 と、まぁーいつも通りのこはぎだ。
花見は始まり、初めて会う人たちとも仲良くなった。
Kツカは、何やらスケッチブックを片手にコソコソ絵を描いている。
花見も終盤に差し掛かると、不意にKツカが一言。
「皆さんに報告があります!」。これも夢で見たとおり。
「実は、私、Kツカは、彼女と結婚することになりました!!」。
「えーーー!!!おめでとう!」とみんな。
当然これも夢で見たとおりだが、僕もみんなと同じ反応をする。
やはりあの夢は、他人の人生の、未来の切り取った1日を経験しているようだ。
なんの因果でそうなってしまったかは僕にもわからないが、それが事実のようだ。
ふと横目でこはぎを見てみる。
というか、いつの間にか目で追っている自分がいる。
あの日依頼、こはぎとちゃんと話をしていない。
なにか大切なものを失ったような、得たような、そんな気分がした。
**ブックレビュー紹介「騎士団長殺し」
主人公の「私」は、肖像画家。
「私」は、妻との結婚生活を一度解消しており、結局もう一度結婚生活をやり直すことになった。
結婚生活をやり直す前に「私」は、友人が所有する人気のない山にある一つの家を借り、
そこで、昔は自然と描くことができた抽象画を描くことにする。
しかし、「私」は抽象画が描けなくなっていた。目の前には真っ白なキャンパスが続く。
そんな時に、友人から借りたその家で「騎士団長殺し」というタイトルの絵画を見つける。
それは、この家に住んでいた雨田具彦が描いたものだった。
「私」にも生活がある。生活費を稼がなければならない。
そんな時に一人の富豪から肖像画を描いてくれないか?と依頼を受ける。
もう描かないと決めた肖像画だったが、あまりにも法外な金額を提示され、
その人の肖像画を描くことを受け入れる。
しかし、その人の肖像画がどうしても描けない。
「私」は肖像画すら描けなくなってしまったのか?と自分を責め続ける。
中々でてこないタイトルであるの「騎士団長殺し」のなぞ。
村上春樹 特有の表現が小説の世界へ読者を引き込んでいく。
彼が新しい小説を発売する度にニュースになる程、世界中にファンがいる素晴らしい作家だ。
丁寧な言葉尻。長文と短文をうまく使い分け、リズムを生み出し、いつの間にか引き込まれている。
小説の中には幾つかのキーワードが出ている。
そのキーワードを探しながら、自分の世界で読み続けてしまう、そんな本だ。
皆さんにも是非ともご一読頂きたい。
※1 当該ブックレビューは連載ものです。第1~8話を読まれたい方は
(というか絶対面白いので読んでいただきたいのですが)
「5月のまえもり:https://search.sunfrt.co.jp/blog/staff/yby/p6239/」から、
毎月1話ずつご一読いただければと思います。
まえもりブックレビュー⇒https://searchi.sunfrt.co.jp/blog/maemori
※2 このブックレビューはフィクションが記載されております。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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タイトル:騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編
著者:村上春樹
発行:2017年2月25日
発行所:株式会社新潮社
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