東京都千代田区の霞が関(かすみがせき)は日本を代表する官庁街で、国政の行政機関が集中していることで広く知られているエリアです。
広大な緑地を有する皇居に隣接しているだけでなく、ビジネスパーソンの憩いの場である日比谷公園もすぐそばにあるので、都会と自然の調和も感じられます。
街全体に独特な落ち着きと品格があり、企業の信頼性やブランディング性を高めるのに最強のオフィス立地といえるでしょう。
官庁機能の集中エリアならではの交通利便性
中央省庁やその関連施設が多く点在している霞が関エリアには、地下鉄の駅がいくつもあり、複数の路線を利用することができます。
霞ヶ関駅に乗り入れているのは、東京メトロの日比谷線、丸ノ内線、千代田線の3路線。
この霞ヶ関駅を中心に、北側に有楽町線の桜田門駅、東側に都営三田線の内幸町駅、西側に千代田線と丸ノ内線の国会議事堂前駅、南側に銀座線の虎ノ門駅があり、すべて徒歩で10分以内に移動が可能です。
霞ヶ関駅から丸ノ内線に乗れば東京駅までわずか2駅、新宿方面にも約18分あれば移動できるうえ、池袋駅までも約20分でダイレクトにアクセスできます。
首都高速都心環状線の「霞が関出入口」にも近いため、車での営業や出張で羽田空港に移動する際にも便利です。
霞が関の地名の由来と歴史
霞が関の地名は、古代に日本武尊(やまとたけるのみこと)が蝦夷(えみし)の襲撃に備えて関所を設けたという伝説が由来のひとつとされています。
関所は平安時代から和歌に詠まれるほどの名所で、雲霞(うんか)を隔てた遠方を望める地にあって遠くの景色が「霞(かす)んで」見えたといわれています。
江戸時代には汎称として定着し、明治維新後の1872(明治5)年、東京府の町名として「霞ケ関」が正式に誕生、1967(昭和42)年の地名変更によって現在の表記である「霞が関」に改称されました。
江戸期の霞が関エリアは、江戸城(現在の皇居)の外堀に近い高台に位置しており、譜代大名や親藩の上屋敷が集まる武家地だったそうです。
米沢藩上杉家のような有力な外様大名も屋敷を構えていたことから、この地が当時から特別な区域であったことがうかがえます。
1870(明治3)年、旧福岡藩黒田家の上屋敷跡に外務省が設置されたことを皮切りに、ドイツ人技術者の設計に基づいた官庁集中計画が進められ、日本の中央官庁街としての基礎が築かれていきました。
官公街とビジネス街が融合する未来
現在、霞が関周辺では、都市機能を高める大規模な再開発が複数進行中です。
なかでも、千代田区霞が関1丁目と港区虎ノ門1丁目にまたがる「霞が関・虎ノ門地区再開発計画」では、官民の交流をうながす新たな都市空間の形成が計画されており、官庁街とビジネス街の機能を融合させた複合施設などが構想されています。
オフィス拠点としての霞が関における利便性と存在感が、今後の再開発によって、ますます高まっていくことは間違いないでしょう。
霞が関エリアでオフィスをお探しでしたら、サンフロンティア賃貸にご相談くださいませ。
霞が関エリアは当社「神田店」にてオフィス探しをお手伝いさせていただきます。




