上場までに7回移転。起業家と投資家、両方の視点で語る「スタートアップが選ぶべきオフィス」
- 社名:株式会社クレストスキルパートナーズ
- ウェブサイト:https://cspfund.jp/
- お話を伺った方:南 章行さん(ベンチャーキャピタリスト、ココナラ創業者)
- 経歴:
- 住友銀行(現:三井住友銀行)勤務
- アドバンテッジパートナーズ(企業買収ファンド)
- 2012年 ココナラ創業
- 2021年 ココナラ上場
- 2025年 ココナラ退任、ベンチャーキャピタルをMBO
- 現在 クレストスキルパートナーズ運営
- オフィス選びは社長のリソースを奪う、「見えないコスト」を意識すべき
- 急成長するスタートアップにとって、柔軟性が最重要
- 従業員満足度を左右するのは「オフィス環境の快適性」
- 経営者が本業に集中できるリソースの確保
- 初期コスト(敷金・原状回復費)の大幅削減
- 成長に合わせた柔軟な移転の実現
目次
目次
「経営者のリソース」という見えないコストを意識する

――ココナラ創業時は、どのようなオフィス環境だったのでしょうか。
南さん:創業から6年間で7回の引っ越しをしました。最初は知り合いのオフィスで、次のテナントが入るまでの数カ月間、間借りさせてもらったのですが、カーペットがはがされている状態で、そこに机を置いて仕事していました。その次は渋谷の家賃15万円で10坪のボロボロのマンションの一室で、私の席の隣がトイレで、ベニヤ1枚で仕切られているような環境でした。そこからは20坪、40坪、80坪と、ほぼ倍のペースでオフィスを拡張し、最終的には300坪のオフィスへと移りました。
――7回の引っ越しで、特に大変だったことは何でしょうか。
南さん:一番大変だったのは、社長のリソースが奪われることです。オフィス選びは必ず社長の仕事になります。どこのオフィスにするか、立地をどうするかは全社員に関係するので、社長以外には決断できません。探すのも、交渉するのも、レイアウトを考えるのも、全部社長の仕事です。社長になると、こういったことを考える仕事も増えてしまうのです。
スタートアップは、顧客と向き合いプロダクトを作ること以外にリソースを割く余裕などありません。だけど、いつの間にか社長は資金や人材のこと、オフィスの話ばかりしているので、これは本当にもったいないことだと思います。
――初期コストの負担も大きかったのでしょうか。
南さん:最初の頃は2カ月分の敷金が、徐々に膨れ上がり、ある時から急に1年分になります。VCから調達したお金で、何とか1年半持たせようとしているのに、家賃の1年分を敷金で寝かせるというのは、とんでもないコストです。200〜300坪の規模になると、1回の引っ越しで5,000万円から1億円かかることもあります。まだ大して成功していないのに、突然そういうコストが発生するのです。
当時、私は知り合いの経営者ネットワークを通じて、6社が連続で居抜き移転するという荒業を成し遂げました。前の会社が作った会議室やデスクをそのまま使えるので、初期コストを抑えられます。不動産会社への手数料交渉から、オーナーへの根回しまで、自分で不動産業者のようなことをやっていました。
しかし、これは本来の経営者としての仕事ではありません。かなりの時間を費やし、再現性すらありません。もし、当時セットアップオフィスがあれば、迷わず利用していました。今振り返ると、あの時間をプロダクト開発やユーザー獲得に使っていたら、事業の成長スピードも変わっていたかもしれませんね。
投資家視点で見る「オフィス選びの失敗パターン」

――現在、投資家として出資先企業のオフィスを見る際、どのような点に注目されていますか。
南さん:投資家目線で最も危ないことは、初期段階でオフィスに過剰投資するパターンです。受付や壁、天井を作り込み、内装に数百万円、下手したら1,000万円近くかけて、わずか1年で引っ越すようなケースは、「何をやっているのか」という話になってしまいます。
一方で、スタートアップであれば、3年間で社員が3倍に増えていないと、成長プランとして問題があると言えます。そう考えると、同じ場所に3年間とどまること自体、成長が止まっている話ですよね。
そして、コストを抑えすぎるパターンも本末転倒です。オフィスが狭いことが理由で人材採用がしづらいと、人材確保に支障をきたします。また、事前のコストの見積もりがない場合、資金調達直後であっても、オフィス関連で多額の費用が発生し、キャッシュバーン(資金繰り)が早まることもあります。
――オフィス環境について、出資先にアドバイスされることはありますか。
南さん:一番重要なのは「柔軟性」です。それに加え、社長が本業に集中できているかという点も重要なポイントです。オフィスに手間をかけすぎていないか、社長のリソースを使いすぎていないかといった点は、常に気にしています。
また、従業員の満足度も重要です。従業員がオフィスに求めているものは、おしゃれといったポジティブなポイントではなく、「ネガティブなポイントがないこと」です。例えば、空調が効きすぎる、トイレが古い、インターネット回線が遅いといった、日常の些細な不満の積み重ねが、結果として離職率にも影響を与えるのではないかと思います。
セットアップオフィスが解決する3つの課題

――もし今、南様が新たに起業されるとしたら、セットアップオフィスを選びますか。
南さん:その時の会社の状況にもよると思いますが、私だったらセットアップオフィスを選びますね。セットアップオフィスは、家賃だけ見たら高いですが、見えるコストと見えないコストの両方で考えたら、圧倒的に安いですよね。これは、隣町のスーパーが10円安いからといって1時間かけて自転車で買いに行く人と同じであって、経営者が本業に向き合えるリソースを損失していることなんです。
――具体的には、どのようなメリットがあるとお考えですか。
南さん:大きく3つあります。1つ目は、初期コストの削減です。
家具や設備、インターネットも完備されているため、初期費用が限られているスタートアップにとって、これは本当に大きなメリットだと思います。また、事業者によっては敷金がほとんど発生しない、原状回復費用もかからない物件もあり、さらにコストを抑えられるケースもあります。
2つ目のメリットは経営者のリソースを本業に使えることです。オフィス探しや交渉、設備の調整、レイアウトや業者の決定の負担をカットできるので、その分、ユーザーやプロダクトと向き合うことができます。セットアップオフィスを選ぶことは、「社長(経営者)の時間」という貴重な投資であると言えますよね。
そして3つ目は、柔軟性です。特に、同じ事業者が複数の物件を所有していると、事業の成長に応じてスムーズに移転できます。半年後や1年後に引っ越したい時も、すぐに次の物件を紹介してもらいやすくなります。実際、都内で500棟以上の物件を管理しているような事業者もあるので、そういったところであれば、成長に合わせて柔軟に移転先を選べるというメリットは大きいと思います。
―― 通常のオフィスと比較した時のコスト面ではどうでしょうか。
南さん:見えるコストだけで判断してはいけませんよね。通常のオフィスでは10人用のオフィスを借りたら、社員が5人でも10人でも家賃は変わりません。ただ、社員が増えてオフィスが手狭になって、20人用のオフィスに引っ越すとなると、家賃が一気に倍になります。売上は順調に伸びても、オフィスコストだけが段階的に跳ね上がっていくのです。
それに、同じ事業者内で移転すると敷金の交渉もしやすいですし、物件の紹介もスムーズです。「自分たちの物件に残ってくれるなら」ということで、柔軟に対応してもらえることも多く、長期的な関係を築けることも大きなメリットだと思います。
「オフィス環境の快適性」が従業員満足度を左右する

――セットアップオフィスの「快適性」は重要ですか。
南さん:快適性は非常に重要な要素です。採用時に「おしゃれなオフィスですね」と言われることも大切ですが、それ以上に日々の快適性が従業員満足度に直結します。
自分でオフィスを借りて設備を整えようとすると、予算の都合でどうしても妥協してしまいがちですし、古いビルとなるとビルオーナーも設備投資すらしません。それに対し、セットアップオフィスは、5年、10年、15年と長期でさまざまな人たちが使うことを前提としているので、初期の段階からしっかり投資されています。空調やトイレ、インターネットといった快適性のある環境づくりが整備されていることが、実は最も重要なポイントなんです。
――具体的には、どのような設備が従業員満足度に影響するのでしょうか。
南さん:これまで、社員からは本当にたくさんの不満が寄せられてきました。「空調が寒い」「暑い」「トイレが古い」「ネットが遅い」といった社員からの声は、どれも些細なことかもしれません。ただ、これらは日常で発生することなので、積み重なることで大きなストレスとなってしまいます。
特に印象的だったのは、男女別トイレを設置した時の社員の喜びですね。最初のオフィスは本当に狭くて、トイレが男女兼用でした。男女別にしたことで、社員から非常に喜ばれました。見た目のおしゃれさは忘れられてしまいますが、快適性の欠如は日々のストレスとして感じられるものです。これは心理学でいう「衛生要因」に近く、満足度が上がるわけではありませんが、欠けると不満が募ります。オフィス環境の快適性は、まさに衛生要因に当てはまりますよね。
スタートアップの成長とオフィスの役割

――コロナ禍を経て、オフィスの役割はどう変化したとお考えですか。
南さん:コロナ禍を経て、オフィスの意味合いが大きく変わったと思っています。コロナ前は「仕事する場所=オフィス」という一択でしたが、今は「なぜオフィスに行くのか」という理由づけが必要とされています。これは今までになかったことです。
オフィスは社員同士の交流が生まれる場所であり、エンゲージメントを高める場所だと思います。だからこそ、オフィスは「来たら楽しい」「みんなと喋れる」場所であることが必要です。
―― 採用活動においても、オフィスは重要な役割を果たしますか。
南さん:非常に重要です。最近、バーカウンターを設置する会社が増えていますが、これは単なる流行ではありません。その背景には、採用力強化のための会社の魅力を高める必要があるからです。昔みたいに「スタートアップはマンションの一室でやるもの」という時代ではなくなり、普通のサラリーマンがスタートアップに転職するようになりました。だからこそ、オフィスの雰囲気や福利厚生も重視されるようになっているのです。
――南様が考える、理想的なスタートアップのオフィス環境とは。
南さん:スタートアップの集積地にあることですね。近くに同じようなスタートアップがいて、お互い切磋琢磨できる環境こそが、「向かいのオフィスもまだ電気がついているし、自分も頑張らないと」と思えるのです。そういう横のつながりが、意外と大事なんですよね。
また、初期の頃はみんなでご飯を食べに行くことがコミュニケーションの充実につながるため、飲食店が充実している立地も重視していました。「今日はあそこで食べよう」と思える選択肢が多いと、それだけで楽しくなります。
私は当時、オフィス内の飲み会をよくやっていました。お店に行く場合、全員が仕事を中断しなければなりませんが、オフィス内で行えば忙しい人はそのまま仕事を続けられるし、終わった人から参加できるので、強制感がなく自由度が高いですよね。
それから、個人的には「気の良さ」や「天井の高さ」も大事だと思っています。物理的な開放感がある空間だと、心にもゆとりが生まれて、自然とアイデアが浮かびやすくなるのではないでしょうか。
スタートアップにとって、オフィスは「青春が生まれる場所」

――南様はこれまで数多くのスタートアップを見てこられましたが、スタートアップにとって「オフィス」はどのような意味を持つとお考えですか。
南さん:スタートアップにとってオフィスは、成長の記憶が刻まれる場所です。急成長していく中で、3人が10人、10人が20人と、瞬く間に社員が倍になっていく中で、その時々で身の丈に合った場所を選び、頻繁に引っ越します。「あの時はあそこにいたな…」という記憶が、場所とひも付いて思い出として残るのです。
スタートアップの初期段階では、年商1,000万から3,000万円で社員10人といった体制は、客観的に見れば持続可能とは言えません。それでも、そこにあるのは「夢」です。「将来、大きなことをやってみせる」「世の中にこんな価値を出したい」という夢を持って集う人たちの場所です。そのような場所で、皆が一体となって熱量を持って取り組むことで生まれるエネルギーこそが、何よりも重要だと思います。
――リモートワークが定着した今でも、物理的なオフィスが必要だと感じる理由は何でしょうか。
南さん:リモートワークだとエネルギーが分散してしまうんですよ。みんなが一緒にいて、「この人たちが頑張っているから自分も」という連鎖反応のように、その場のパワーで頑張ることができます。そういうパワーが生まれる場所としてのオフィスはやはり重要です。
昔の部下から「オフィスって青春が生まれる場所ですよね」と言われたことがあるのですが、まさにその通りだと思います。振り返ってみると、あの頃は大変でしたが、一番楽しかった時期。照明を変えてみたり、タイルカーペットをちょっとおしゃれにしてみたり、いただいた観葉植物を置いてみたりと、そういう小さな工夫の積み重ねで、雰囲気が良くなり、チームの一体感にもつながったのです。
これからオフィスを探すスタートアップ経営者へ

――オフィス選びで最も重要な要素は何だとお考えですか。
南さん:立地、コスト、柔軟性の3つのバランスですね。ただ、それ以上に重要なのは、見えるコストだけでなく見えないコストも含めて判断する力です。
経営者は、本来向き合うべき本業に集中する視点を持ってほしいと思います。オフィス選びでは、物件探し、内見、交渉、レイアウト検討など、経営者が多くの時間を割くため、一度の移転で数十時間から100時間以上を費やすことも少なくありません。この貴重な時間を、顧客との対話やプロダクトの改善に充てることもできるはずです。
セットアップオフィスにかかる賃料の差は、月々数万円かもしれません。でもそれは、「社長の時間を買っている」という投資と考えるべきだと思います。オフィス環境に時間とコストを費やすのではなく、ユーザーとプロダクトに向き合うことこそが、成功への近道と言えるでしょう。
――最後に、これからオフィスを探すスタートアップの経営者に向けてメッセージをいただけますか。
南さん:成長の早いスタートアップだからこそ、柔軟性を重視してほしいですね。1年後、2年後にどうなっているかわからない中で、固定化されたオフィスに縛られすぎないことが重要です。限られたリソースを「本当に大事なこと」に集中する選択をしてほしいと思います。
スタートアップにとってオフィスは、「青春の思い出が生まれる」大切な場所だからこそ、オフィスを立ち上げるまでのプロセスを効率化すべきです。無駄なリソースを作らず、チーム全員が本気で事業に向き合える環境を整えることが、スタートアップの成長を加速させる鍵になると思います。
―― ありがとうございました。