『ライフエクスペリエンス』 第7話
シンシンと雪が降り積もり、雪化粧で白く都会が染まる中、
僕はいつもより早く職場に向かうために家を出た。
今日はクリスマス。
街は、苦しいくらいクリスマスソングであふれていた。
そりゃ苦しいよ。だって彼女がいないんだもの。
なんなら、人生で一度も彼女なんてできたことがないのだもの。
というか、よく考えてみれば、いままでの人生で他人を好きになったことなんてなかったし、
彼女が欲しいなんて、クリスマスという世の中の行事に感化されて、思うくらいのものだった。
好きってなんだろう。彼女って必要なのか?
いろいろと考えを巡らせていると後ろから声をかけられた。
「おーい!金ちゃん!」こはぎだ。
「なんだ?こはぎも今から出勤か?」
「ばかね。世間は、今日、日曜日。休みに決まっているでしょ?
日曜日も仕事なんて、本屋のあんたぐらいのもんよ!私はこれから、友達と銀座デート?」
「そーか。楽しんでこい!」
こっちはこれから仕事だというのに、
なんともまー世間の行事に感化されやすい奴がこんなに近くにいるもんだ。
「そうだ!金ちゃん、今日の仕事おわり時間ある?」
「まー、クリスマスで忙しい俺だが、しょうがないから、こはぎのために空けてやるよ!」
「なにその言い草!?どーせ暇なくせに!それじゃ仕事おわりに連絡してね!」
「おけい!んじゃあとで。」
本屋に出社すると顔の黒いダイジンが既に本の整理を始めていた。
いつもはこんなに早く来ていないのにどういう風の吹き回しだろう。
「今日は、彼女とデートだからな!」
何も聞いていないのに自分から早く出社した理由を打ち明け出した。
そうか。と小さくつぶやき、僕も仕事に取り掛かる。
開店するとすぐに一人のお客が入ってきた。
そうだな。見た目の特徴は、若干、前歯が出気味というところだろうか。
似ている芸能人で言えば、昔、ラララライで一世を風靡した
藤崎マーケットのトキに似ているように見える。
背中に「久米仙」と書いたTシャツを着ている。
久米仙の工場で働いているのだろうか。
しかし、その印象とは裏腹に
「絵でわかる人工知能」「げっ歯類の生態」という本をレジに持ってきた。
「絵でわかる人工知能」は、
僕も現代のトレンドについて行きたくて手に取ったことがある。
解説や説明をしてくれる、ネコやロボットの絵が独特で、
すごく愛らしく、すらすらと読んでしまうような本だ。
例えば、シンギュラリティや自動走行についても簡単に説明していたりする。
シンギュラリティは、技術的特異点と訳され、人間と人工知能の臨界点を示していること。
つまり、人間と同等知能になった人工知能がそこから加速的に進化する時点を指す。
そこでは、人工知能は人間を単に追い越すのではなく、
人間と融和する形で進化していくかもしれない。
車の自動走行は、人間の運転なしに道路を走行するシステム。
現在も日産等、世界的にも車の自動運転の開発が進められている。
自動走行とは、一言で言えば、車に自律的な知能を持たせようとする試み。
例えば、グーグルは、自動走行者の研究を継続しており、
トヨタは米国に「TOYOTA RESEARCH INSTITUTE,INC.」を設立した。
車のIT化は、自動車産業の次なる統一ビジョン。
自動走行は、車内部のシステムIT化と違って、複雑な現実世界と向き合う複雑な人工知能なのだ。
この本は、人工知能とその周りの知識について学ぶにはもってこいの本だ。
でも、この人は、背中に「久米仙」と書いたTシャツを着て、人工知能の本を買ったと思えば、
げっ歯類の生態の本も買っているよくわからない人だと思う。
世の中には自身の興味が多岐にわたる人がいるのだと感心するばかりだ。
仕事が終わるとすぐにこはぎにLINEを送った。
外は相変わらず雪が降っており、この時期には珍しく、8㎝くらい積もっているようだった。
帰り道の商店街には、子供が親にプレゼントを買ってくれとせがんでいる。
よく聞いてみると、サンタからは今日プレゼントをもらったが、親からは貰っていない。
友達は「サンタからも親からも貰ったと言っていたから自分も欲しい。」というものだった。
商店街には今朝からずっとクリスマスソングが流れているようだった。
そういえば今朝、好きという気持ちについて考えていたことを思い出す。
そうこうしているうちに、こはぎとの待ち合わせ場所にした二人の小学校に着いた。
あいつから誘っといて、まだ、こはぎは着いていないらしい。
と思っていたら、後頭部に何かが当たった。雪だ。
校舎内から投げられたものらしい。
振り返ってみるとそこにはこはぎが立っていた。
すかさずこちらも雪を投げ返してから、校舎の柵を乗り越えて中に入った。
こはぎとの雪合戦なんて何年ぶりだろう。どこか懐かしく思いながら、
その裏に安心する気持ちと暖かなものを感じていた。
小学校の脇に腰掛け、グラウンドを見ながらこはぎと話をすることにした。
不意にこはぎからリボンのついた箱を渡される。
「これ。クリスマスプレゼント。金ちゃんにあげる!」
「えっ!俺に?どうして急に!??」
「いつもいろんな話聴いてもらっているからそのお礼。
これ、私が好きな本なんだ。良かったら読んでよ!」
「あ、ありがとう。」
普段から当たり前のように側にいたから、逆にプレゼントなんて貰ったことがなかったから、
逆にぎこちない返事になってしまう。
それと同時に急に胸が熱くなったのを無理に抑えている自分に気づかないように必死だった。
※1 当該ブックレビューは連載ものです。第1~6話を読まれたい方は、
「5月のまえもり:https://search.sunfrt.co.jp/blog/staff/yby/p6239/」から、
毎月1話ずつご一読いただければと思います。
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※2 このブックレビューはフィクションが記載されております。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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タイトル:絵でわかる人工知能
著 者:三宅 陽一郎・森川 幸人
発 行:2016年9月25日
発行所 :SBクリエイティブ株式会社
RPまえもり